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::: 世界美術館紀行 ::: 芸術・ドキュメンタリー ::: ★★★★★
::: 2004年10月15日 放送
歴代の城主たちによって彩られたフランスのシャンティイ城。 死後膨大なコレクションすべてを国家へ寄贈したオマール公アンリ・オルレアンにスポットを当てる。 シャンティイ城は19世紀末に国家所有となり、公開された城は美術品の質の高さから第2のルーブル美術館と呼ばれている。 フランス革命により同城の美術品はルーブルへと移された。 革命後、城の再建に取り組んだのが城主のオマール公。 国家に美術品の返還を求める一方で、私財を投じて次々と美術品を購入した。 48年ぶりに公開された 『ベリー公のいとも豪華なる時祷書(じとうしょ)』 は、そのコレクションの中でも最も価値ある名品といわれている。
2004年・夏、フランス・パリ郊外に建つ 『シャンティイ城』 で半世紀ぶりに、15世紀に作られた貴重な美術品 『ベリー公のいとも豪華なる時祷書(じとうしょ)』 が一般公開された。
『ベリー公のいとも豪華なる時祷書』 とは、今で言うカレンダーを本の形にしたようなものだ。 それぞれの月にあった、絵画、祝いの日、祈りの言葉などが記されている。 特に絵画においては、高価な絵具を使用し、当時の村の姿、人々の暮らしぶりが細かく描かれており、“フランスの宝石” とまで言われている。
時祷書がおさめられているシャンティイ城は、現在は国立美術館となっており、最後の城主・オマール公アンリ・オルレアン(1822−1897)が税を尽くし、自国(フランス)はもちろん、他国の美術品を収拾し城内に展示している。
オマール公は貴族であったため、18世紀末のフランス革命で民衆が勝利したことにより、イギリスへと追放され、彼の所蔵していたフランスの美術品は、イギリスやアメリカの画商らに売り渡されてしまう。 しかし、彼は亡命先で財を投じて買い戻していた。 私利私欲の為というよりは、自国(フランス)の貴重な美術品が他国に流れることを恐れたからだ。 ある時、永い間行方がわからなくなっていた時祷書が、イタリアで競売に出されるという一報を耳にし、ジェノバへと向う。
時祷書の絵画の美しさは、世界中から集めた顔料にある。
・ 青は、中近東のラピスラズリ ・ 赤は、スペインの昆虫コチニールの色素 ・ 黒は、アフリカ象の象牙を焼いた炭
顔料自体が宝石といっても過言ではない。 時祷書は、絵画に高価な宝石がはりつけられてるようなものだ。 この3色は淀みがなく、鮮やかで、他の色と比べても際立って美しい。 真の青、赤、黒とはこの色なのかと思うほど鮮烈な色だ。 また、これらの色で丹念に塗り重ねることで、華やかさと奥行きが生まれる。 当時の最高級の絵具と最高技法で創作されているのだ。
オマール公は時祷書に魅せられ、この貴重なフランスの宝は自国に戻さなければならないと決意し落札する。 1871年、帰国の許しを受け、22年ぶりにシャンティイ城に戻る。 領地の一部を売却し、城を再建、収拾したフランスが誇る美術品を展示した。 彼の素晴らしさは、収拾した美術品は “個人の誇り” ではなく、 “国の誇り” と考えていたことではないでしょうか。 それは現在のヨーロッパ人が、美術品をとても大切にすることからもわかる。 日本人のように、観光で訪れた歴史的建築物に、イタズラ書きなんぞしないし、買い付けた貴重な美術品を、誰にも見せずに倉庫に仕舞い込む成金とは大違いだ。
シャンティイ城は、税を尽くした30部屋が100年前の姿のまま現存している。 絵画はもちろん、調度品や、5万冊にもおよぶ古書も所有している。 中でも絵画ギャラリーは素晴らしい。 屋根からやわらかい外光がさしこむ部屋の壁一面に、中世〜ロココ時代の名画・約850点がびっしりと飾られている。 壁一面を絵で覆い尽くす展示法は、19世紀の流行であり、イメージ的にはごちゃごちゃしてて見づらいと思うが、実際その光景を目の当たりにすると、迫力に圧倒されます。 贅沢過ぎる展示法ですよ。 ギャラリーには、フランスの絵画だけでなく、イタリアルネサンス時代、ラファエロの 『オルレアンの聖母』 などの名画も展示されている。 質が高く、 “第2のルーブル” といわれるだけあります。
シャンティイ城の玄関ホールから続く螺旋階段から真上を見上げると、フランス国旗を掲げた女神(マイヤール『希望』)の天上画が描かれている。 この天上画を見ると、22年という月日と、財を投じてフランスの宝を守ろうとしたオマール公の気持ちが伝わります。
( ゚_ゝ゚) { 世界一美しい本を納める銀細工の箱もすごいよ。。。
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