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::: 地球ドラマチック ::: 芸術・歴史・ドキュメンタリー ::: ★★★★☆
世界中からえりすぐったノン・フィクション番組をお届けするのが、新番組「地球ドラマチック」。 いろんな場所に冒険に出かけたり、奇抜なアイデアにチャレンジしたり、見たこともない世界の番組を放送します。 「へー、こんな番組が外国にはあるんだ!」ときっと感じてくれるはず。
::: 2007年11月17日(再) ::: 2006年09月13日(初回) 放送
マウリッツォ・セラチーニは貴重な絵画の修復に関わる調査などを、最先端の科学技術を使って行う専門家です。 彼はおよそ30年もの間、ある“失われた名画”を探してきました。 その名画とは、レオナルド・ダビンチが描いたといわれる『アンギアリの戦い』です。 フィレンツェのベッキオ宮殿内に描かれたとされるこの大作壁画は、16世紀半ばに、ベッキオ宮殿の改築に伴って突如消えうせたと記録されています。 セラチーニはさまざまな技術を使用して、本当にその大作が消えうせたのかどうかを探りました。 そして、ある結論に至ったのですが・・・。 謎が謎を呼び、驚くべき発見につながっていきます。 偉大な美術作品の秘密を追うダビンチ捜査官の姿を描くドキュメンタリー。
ルネサンスを代表する天才芸術家、レオナルド・ダヴィンチ。 彼は寡作な作家であり、現存する作品は10数点しかありません。 その中でもとりわけ研究者の的となっている作品があります。 幻の大作といわれる 『アンギアリの戦い』 です。
ダヴィンチは、1504年、イタリア・ベッキオ宮殿に、縦3mx横5mにおよぶ壁画 『アンギアリの戦い』 を完成させます。 しかし、それまで凋落していたメディチ家は、権力の復興と共に、1563年に画家であるバザーリに壁画のかきかえを命じます。 その為、ダヴィンチの作品は消失してしまいます。 また、その時の記録も残されておらず、今日まで500年に渡る謎とされてきました。
『アンギアリの戦い』 が描かれていたベッキオ宮殿というのは当時、政治の中心の場であり、そこに豪華絢爛な美術品を飾ることは、時の権力者達の権威を誇示するために必要だったのでしょうね。 ダヴィンチに限らず、権力者が入れ替わる毎に、贅沢にも壁画の改修がされてきたのかもしれないですね。
多くの研究者達が 『アンギアリの戦い』 を探し求めてきました。 番組では、マウリッツォ・セラチーニという研究者の調査をドキュメントしています。 彼は、科学力だけでなく、洞察力にも優れており、多くの美術館から絵画の調査依頼を受けるほど、その道では定評があります。 彼は、そもそも 『アンギアリの戦い』 が本当に消失したのか、根本から疑問を抱いていました。 というのも、壁画のかきなおしを命じられたバザーリは、ダヴィンチの崇拝者だったからです。 バザーリは尊敬するダヴィンチの作品を、何らかの形で後世に残した可能性が高い、そう推測しました。 1975年にセラチーニが壁画の調査を開始した時、それまで誰も気づかなかった発見をします。 バザーリが描いた兵士が掲げている旗に “探せ。そうすれば見出される” という意味深な言葉が書かれていました。 これは聖書に書かれている言葉だっただけに、おそらく誰も気にしなかったのかもしれません。 これがダヴィンチの絵を捜すヒントだったとしたら、セラチーニの仮説が現実味をおびてきます。 しかし、当時の調査では、客観的な資料の不足や、技術的な問題などが山積し、調査は一度打ち切られます。
2000年になり、再びセラチーニは調査のチャンスを得ます。 調査機器の技術的進歩や、資料解読の協力者なども加わり、ついに、 『アンギリアリの戦い』 がかつて描かれていた場所を特定します。 それはやはり、バザーリの壁画がある場所でした。 セラチーニは、バザーリがダヴィンチの絵を守る為に、壁を二重にしたのではないかと推測します。 それを証明するかのように、レーダー調査では、バザーリの絵の後ろに2、3cmの隙間があることがわかりました。 しかし、現段階では、 『アンギアリの戦い』 が確実に存在することが証明されない限り、バザーリの絵を剥がすことが不可能な為、世紀の大発見はいまだ謎のままです。惜しい。
わたくしが生きているうちに観たいですが、どうなることやら。。。
絵画調査の第一人者・セラチーニさんは、相当すごい人なんでしょうね。 『アンギアリの戦い』 だけでなく、またもダヴィンチ作 『東方三博士の礼拝』 の修復調査も依頼され、そこで驚くべき発見をしています。 『東方三博士の礼拝』 は宗教画で、誕生したイエスと聖母マリアの元に、星に導かれ、東方の三博士が、贈り物を持って礼拝に訪れるというワンシーンを描いた作品。 1481年に教会の依頼で制作を開始しますが、何故か未完成のまま放棄してしまいます。 調査を開始してセラチーニは、この絵が長い間、表を下にして床に置かれていたことに愕然とします。 裏側のポプラの木は腐食が激しく、水に塗れていたこともつきとめます。 ダヴィンチの作品としての保管状態が劣悪だったようです。 絵の表面は調べると、表面をふき取ったような痕跡があった。 何よりも美術史に多大な衝撃を与えたのが、ダヴィンチが描いた下絵とは異なるタッチで、しかも彼よりも数段劣る技術しか持たない画家が、加筆して絵を完成させたことが判明したことでしょう。 つまり、下絵はダヴィンチだけど、塗りは違う画家が描いたということ。 驚きというよりは、ショックですよね。 もう、ガッカリだよね。(´ー`)┌ 下絵だけでもダヴィンチの作品には価値があるのに、余計な真似しやがってと思う。(笑)
当初、ダヴィンチが構想していた下絵には、あの 『アンギアリの戦い』 の戦闘シーンが描かれていた。 教会側はその戦闘シーンが不適切としたため、ダヴィンチが未完成のまま放棄してしまった。 後に、腕の劣る画家が、倉庫に保管してあった未完成の作品を引っ張り出してきて、その価値を高めるために、加筆したのではとセラチーニは推測しています。
『東方三博士の礼拝』 はダヴィンチ作品としては初期のものであり、その頃から、後期に登場する 『アンギアリの戦い』 の原型ともいえるプロットを考えていたということなんでしょうね。 セラチーニの調査後、コンピューター技術で、元の下絵を作成したところ、これがまたすごい絵でした。 正直、現在の 『東方三博士の礼拝』 に塗られている絵の具を剥がせないものかと思うほど、下絵の方が良かった。。。(笑)
( ゚_ゝ゚) { 『沈黙こそ多くを語る。』 深いな。。。
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